東日本大震災から一年。
多くの命が奪われ、今もなおその悲しみや被災者の苦しみは続いています。私自身様々な事を感じ、考えさせられました。
同じ国の中での出来事。
私も勿論、間接的な意味合いで「被災」しているとは思いますが、本当にこの震災によって身近な人の命が奪われたり、津波や原発の問題によって故郷を失った本当の「被災者」の方々に比べれば、私は良くも悪くも、その痛み、悲しみに同情しながらも、前と変わらずただただ「日常」を生きている傍観者なのかもしれません。
そんな事を感じながら、
「日常」を生きる私があれから考え、思う事。
それは亡くなった方々に対して悲しみに暮れるよりも、残された「日常」と「生」の大切さと有難みを感じ、生きて行く事が
生かされた私達にとって大切なことだと、だから私は与えられた幸せな「日常」の中に在る、家族、友人などを私たちなりに、出来る限り精一杯、大切に生きていきたい、いくべきだと思うのです。
そして私のそういった個人的な「思い」は、いつしか自分の「使命」の原動力として昇華され、私が事業推進部長を務める、
ベスト・ファーザー賞in関西、in「プロ野球部門」の活動を通じて、社会へと体現させていただけつつあります。
自分を卑下するわけではございませんが、こんな僕でも、人の人生において、生涯消えない素敵な思いを与えさせて頂ける事がある、と心から確信した出来ごとがありました。
それは2010年ベスト・ファーザーin「プロ野球部門」の活動を通じての事でした。
当時はプロ野球12球団から一名づつの選出であったのですが、私の提案で「特別賞」としてその年4月に急遽亡くなった、元読売巨人軍のコーチ木村拓也さんの残されたご家族に対し、「お父さんは素敵なお父さんであったという証」として、本賞を捧げさせて頂ける事になったのでした。
巨人軍の広報の方を通じ、奥様の受諾も頂戴し、ご家族が住む広島県のご自宅まで賞状を届ける事になりました。
スケジュール的にどうしても「父の日」の前に届けたく、「父の日」前日の土曜日、私は木村拓也さんのご家族が住む広島市内のご自宅にお伺いしたのでした。
とても天気の良い昼下がり、小高い丘の上に立つ、同氏のご自宅。奥様が出迎えてくれ、ちょうど長男の恒希君もいたので、
恒希君に賞状を手渡させていただきました。
「これは素敵だったお父さんだけ捧げられるベストファーザー賞の賞状だよ。」
「有難うございます!」と言葉を幾つか交わしました。
その顔は感傷に浸るでもなく、
ただただ素直な笑顔だったのが印象的でした。

それから数カ月。関東のみで放送され、後にDVDになったのですが、木村拓也氏の追悼の番組を観た時の事でした。
その映像の中で広島の自宅内の場面もあったのですが、数々の賞状やバット、ボールなどの記念物が室内のショーケースや玄関口に飾られていたのですが、なんと私がお届けしたベストファーザー賞の賞状のみが、木村拓也さんの仏壇の横に飾られてあったのです。歳月を経て観た別の映像でも、その賞状の位置は変わっていましたが、やはり仏前に飾られていたのです。。。
私はそれを観た際に、本賞を授与させて頂き、
本当に心から良かったと思え、涙がすっとこぼれました。
そして翌年2011年。あの震災後の5月。
木村拓也さんの奥様より、お手紙を頂戴いたしました。
その内容をここに掲載させていただきます。
(奥様の承諾を頂戴しております)
■木村由美子さんより頂戴したお手紙
「昨年の4月7日に主人が急遽し、
あまりにも突然の事でつらい日々を送っておりました。
そんな中、ベストファーザー賞という、すばらしい賞をいただき、親子共々大変ありがたいと思っております。
子どもたちにとって主人は、かっこいい「パパ」でした。
特に長男はプロ野球選手として目標としていました。
その「パパ」が、父親として賞をいただいたということで、
「パパ、すごい。かっこいい。」と、とても喜んでいました。
プロ野球選手としてだけではなく、父親としても、よりいっそう尊敬する「パパ」になったのではないかと思います。
「パパに会いたい。」と
テレビで父親の姿を見ては涙が止まらなかった1年前。
時間が経った今、3人の子ども達は、明るく元気に育っています。
心の中にあるつらく寂しい思いは、ずっと変わらないままですが、子ども達の中には、今も「パパこれ好きだよね。」とか「パパならこう言うよね。」と、大きな存在として生き続けているようです。
毎年、父の日がくるたびに「パパがいない」と感じるのではなく、「パパはこんなにすごい賞をもらったんだよ。」と自慢できる、主人が残してくれた宝物の中のひとつとなりました。
本当にありがとうございました。」
・・・このお手紙を頂戴した事で、
私の中でこの活動目指す方向性、また「自分」の社会に対しての還元方法が明確になった気がしました。
昨年は、震災後と言う事もあり、
「関西から元気を発信!がんばろう日本のお父さん!」
というスローガンを掲げて執り行った6ベストファーザーin関西の授賞式とは別に、6月9日「父の日」当日のベストファーザーin「プロ野球部門」。
会場である阪神甲子園球場の阪神x楽天戦に、
福島県で被災した少年野球のチームとそのご家族を約20名と
西宮の児童福祉施設の子ども達20名を招待させていただきました。
子ども達には試合の観戦後、本活動に趣旨賛同してくれた阪神の選手の皆さんと、球場内で「心のふれあい」を目的としたキャッチボールイベントを開催させて頂きました。
招待した子たちは「被災」により幸せだった「日常」を奪われたり、元から親がいないというような境遇の子ども達であったのですが、その日は終始笑顔でいてくれた事が、本当に嬉しく思えました。


被災した方々にも、恵まれない境遇にない子ども達にも、
私一個人として出来る事に限りはあります。
でも私にはそれを体現できる、ベストファーザー賞の活動がある事で、自分自身がの社会に対する「使命」を体現できる場所があり、とても救われた気すらしています。
長くなりました。
私自身の祖母の死、木村拓也氏のエピソード、
震災のことで実感した「生と死」。
人生は有限であり、その果ての死、
失う命の尊さを感じることがあるからこそ、
僕はそこに在る「生」に向き合いたいと思います。
そして僕の「使命」。
「こんな僕でも、」は、「僕だからこそやれる事がある。」
今ではそう思い、「生」に向き合い生きて行きたいと思います。
平成24年3月12日
金住謙一郎


ベスト・ファーザーin関西、inプロ野球部門を推進する、
FDC IN実行委員会の2012年の活動予定。